アクエリアスの猫 連載小説



宇宙船レインボーブルー



 10.最初の寄港

 惑星ゴールダーの貿易商ジャンガルスは、モート・スランからの通信を受けた。かれを快く迎えることが自分の利益に繋がると判断したからだった。ジャンガルスは困った問題を抱えていた。もしかしたらモートは救世主になってくれるかもしれない。かれはそんなことまで考えていた。
 ゴールダーの地表は灼熱地獄だ。人間が住めたものではない。地下深くに都市が築かれ、その主な産業は鉱物資源の採掘である。貿易商を名乗るジャンガルスも鉱物の輸出に一番力を入れていた。そして、それは表の顔でもあった。
 荒れ狂う大気を抜けて宇宙船が地表すれすれまで来ると、ハッチが開いた。レインボーブルーは暗闇に吸いこまれるように地下に沈んでいく。小さな光点が船を導くために点滅していた。
 ジャンガルス商会専用の地下ドックは、よく整備されているようだった。フィナは、ケスリスU星域の航法ルールをすっかりマスターしていたから、まったく戸惑うこともなかった。モートはとても頼りになった。
 フィナは大きく息をつくとエンジンを停止させた。
「着陸完了!」エコウルは大声でいった。「姫の操船技術は最高です」
「ありがとう、エコウル」
 フィナは素直にエコウルの言葉を受け入れた。
 モートが後ろの席で立ち上がり、ウィンドウ越しに外の様子を見渡した。
「むかしと変わった様子はないな」
「ほんとに大丈夫なんだよね?」
 となりで、モートを不安げに見上げるギミド。かれは落ちつかない様子で貧乏揺すりをしていた。
「地下ってあまり好きじゃないんだ。暗くて狭い。そんな感じがしてね」
「人間の作った都市だから、そんなことはあまり感じないさ。外に出ればわかる。それに、おれたちは長居する予定はないだろ」
「そうだけど……」
 全員が船を下りると、ジャンガルスの秘書官が迎えにきた。暗く大きな洞窟を思わせるドックには、レインボーブルーの他に船はなかった。
「なんかカビくさいね」
 タナオがそうつぶやくと、ギミドが肘でタナオの脇腹を軽く突いた。
 秘書官は、どこかに生気を置き忘れたきたような陰気な目をした男だった。ひととおりの挨拶をすませると、秘書官はジャンガルスの部屋に一同を案内した。道すがら、誰も一言も発しなかった。いくつかの通路を歩き、さらに地下へと続くリフトを何度か乗り換えた。すれ違う人々はみな一様に秘書官と同じような覇気のない顔をしていた。
 やがて秘書官はある一室に一同を案内すると、うやうやしく一礼して去った。
 けばけばしい調度品が目を刺激する。フィナそしてクルーたちが、ソファーに腰をおろすと、部屋の隅にいた給仕ロボットが水を配った。レバント=クリスタル製のグラスは、ヒロンBではハイ=リッチ・クラスの人々しか入手できないような代物である。
 タナオとギミドが凝り固まっていると、エコウルがグラスに鼻をつけて匂いを嗅ぎはじめた。モートは水に口をつけると、くつろいだようにソファーに反り返った。
「あまり固くなるなよ、二人とも」
「うん」とタナオ。ギミドも軽くうなずいた。
「飲んだほうがいいぞ。別に毒ってわけじゃない」
 ヒロンB出身の若者たちは同時にグラスに手を伸ばし、お互い顔を見合わせると、グラスを口にはこんだ。
「水だ」
「うん」
「水は、ゴールダーでは一時期とても貴重品だったのだ。今ではそうでもないが」モートはいった。

 部屋の照明が心持ち暗くなると、壁の一面がスクリーンになった。映し出されたのは男の顔だった。
「久しぶりだな、モート・スラン」



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