アクエリアスの猫 連載小説



宇宙船レインボーブルー



3.タナオの農場

 自動ブラインドが遮光度を上げた。日射しが頂点に達している。
 タナオはそわそわと席を立った。
「じゃ、ぼくは畑に戻るよ」
 ゆったりと窓の外を眺めていたギミドは、一瞬なんのことか分からなかった。
「え?」
「仕事に戻るんだよ。耕作ロボットがほったらかしのままだ。収穫が近いし、いろいろとやることがある。のんびりしていられないんだ」
「もうすぐフィナさんが戻ってくる。話を聞きたくないのか?」
「仕事が終わってからでも構わないさ」
「おれたちの人生が変わるかもしれないのに……」
「そうなの? ぼくには、あまりそんな感じはしないけど」
「この廃れた星から出たくないのか? どんどん人が減っているのは、おまえだってよく知っているだろう。金のある連中は、みんな他の星に行っちまった。残っているのは貧乏人と老人だけだ。この星に明るい未来なんてないんだよ」
「ぼくには農場がある。そして、作物を買ってくれる人がいる。必要とされているんだ」
「そりゃ、そうだろうよ。だけど、別におまえじゃなきゃ、いけないってわけでもない」
「ぼくはやりたいから、やっているだけだよ」
「ああ、そうだったな。でも、今はもう少し待ってみろ。フィナさんが、生きてる船と話し合っているんだ。それだけでもスゴい話じゃないか」
「帰ってから聞かせてもらうよ」
 タナオはそう言ってドアを出た。ギミドの不満げな声な声をドア越しに聞く。「早く帰ってこいよ!」
 タナオが数歩歩くと、廊下の先にあるエレベーターが開いた。
 フィナがいた。エコウルを抱えている。王女に抱えられている従者というのもおかしなものだ。思わず表情をゆるませるタナオ。だがすぐにフィナの不安げな表情が目に刺さり、顔の筋肉を引き締める。
「話し合いはどうだったの?」
「ほんとうに迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。船はすぐにでも他の場所に移せます」
「それはよかった」
「どこかへ行くの?」
「農場さ。これでもぼくはオーナーだからね。働き手はロボットだけだけど。ぼくが行っていろいろ調整してやらないと、ポンコツロボットたちはすぐに仕事を止めてしまうんだ」
「立派だわ。タナオさん」
 タナオは顔を赤らめた。意思に反してのことだった。早くこの場を立ち去りたくなった。
「話は後から聞かせてもらうよ」
 フィナの返事も待たずに、タナオはどぎまぎとエレベーターに向かって走った。ドアの前にきて振り返る。フィナはまだ廊下を歩いていた。
 エレベーターに乗り込んでも、後ろ姿を見つめるタナオ。エコウルがタナオの視線に応えるかのように振り返り、威嚇するように小さく吼えた。エレベーターのドアが閉まる。
 タナオはなんとなくうれしかった。わけもわからずフィナがいることがうれしかった。
 それでも、タナオは彼女がすぐに去ってしまう存在であることもわかっていた。
 フィナさんは……。
 タナオはフィナのことを考えないようにした。広大な農場と働くロボットたち――移民に失敗し見捨てられた星――照りつける太陽と収穫のとき――唯一の友人といえるギミド。いろいろなイメージが入り乱れながら、タナオを脳裏を通り過ぎていく。
 ぼくは耕作ロボットの操作マニュアルが必要だけれど、今、それは手に入らない。ぼくの家には入れない。おかしな気分。こんなことって、めったにあるもんじゃない……。遙かに高度な文明世界からきた王女様。ギミドの言うとおり人生が変わるのかもしれない。でも……。
 エレベーターのドアが開いた。
 タナオはいつものように農場まで歩くことにした。大した距離じゃない。いつも広々としているこの世界は、その輝きを変えていた。タナオの中でなにかが変わっていた。それは微妙な変化だった。ヒロンBという星でタナオは生まれた。両親は、彼が幼いときに謎の疫病で死んだ。それがタナオの人生を、そして、この星の運命を変えた。あのときのようなことはごめんだ。もういらない。ぼくはひとりで生きていける。なにものにも心を動かされはしないんだ。
 タナオは農場を囲うフェンスを抜けて、作物の緑の中に入っていった。セキュリティロボットの様子がおかしい。よく見ると棒のようなもので殴られた跡がある。
――侵入者?
 よくよく考えてみれば、あの虹色の光跡を追って人々がこの方向にやってきた可能性は充分にある。この農場を迂回しないで通り抜けようとした輩がいてもおかしくはない。
――ひどいことをするものだ。
 タナオはロボットのボディを確かめながら、ため息をついた。治安が悪いのも当たり前なのだ。無気力と頽廃があらゆるところに、はびこっている。この星はどうなってしまうのだろう?。あの疫病さえなかったら、きっと、この星もうまくいっていたのに……。
 放置したままの耕作ロボットは、じっとタナオを待っていた。コンソールをのぞき込むと、エラーメッセージが何十行にもわたっていた。
 こいつのプログラミングは一からやり直さないとダメだ……。やっぱりマニュアルがないことには……。
 タナオは農場の中心に位置する納屋を兼ねた小さな建物に向かった。そこは農場を監視するカメラや、作業ロボット、その他、一切を制御、コントロールできる場所だった。
 認証コードの確認を済ませ、建物の中に入る。タナオは農場のすべてが映し出されているいくつものモニターに目を向けた。問題はなかった。セキュリティロボットの損傷の原因を調べてみるが記録は残っていなかった。 タナオはあらゆるデータのチェックをすませた。農場は順調に機能している、あの耕作ロボット以外は……。
 あっという間に時間がすぎていた。タナオは窓の外の夕闇に目を向ける。もうこんな時間……。
 タナオは急ぎ足で小屋を出た。作物の緑が濃密な空気を発散している。収穫は近い。今年は去年より豊作になりそうだ。いくつかのロボットがタナオを無言で見送っている。タナオはいつものように軽くロボットに手を振って、農場を後にした。



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