アクエリアスの猫 | 連載小説 |
宇宙船レインボーブルー
5.傷ついた追跡者 モート・スランは脇腹を濡らす血に手を当てながら歩く。 おれはまっすぐに死に向かっているのか? 彼はそんなことを考えながら、建物の中に入った。巨大な住宅施設に誰もいないわけがないと思っていた。が、入ってみると、まったく人気が感じられない。 廃墟と化しているのか。失望がモートの心を押しつぶそうとでもするかのように、その重みを増した。 迂闊だった。テリートーを追ってここまで来たのに、あと少しのところで取り逃がした。あげくの果てに重傷を負っている。賞金稼ぎなんて柄じゃない。おれはいったいなにをしているのやら……。 足がもつれて倒れ込む。意識を持ち続けることが苦痛だ。ぼんやりとした頭に、かすれる視界。 「お、おい!」 誰かの声がした。モートは自分の意識に必死でしがみついた。かぼそく揺れる炎のように、それはゆらめいている。 「血が出てるぞ。すごい傷だ」 「どうしたんだ?」 返事をしようとするが、口が動いてくれない。モートはやっとの思いで声をしぼり出した。 「テリートー……」 遠のいていく意識――。モートは自分がこのまま死ぬとは到底思えなかった。だが、心のどこかに、これが死なのだと冷徹な判決を下す裁判官がいた。 おれは、まだ死なない。心の奥底でモートは叫んでいた。誰も聞いてくれない叫びが、心の表面でこだまする。 暗闇が下りてきた――。 目を開けると、そこは医療室のようだった。やわらかい明かり。ベッドに横たわる自分の横にはメディカルロボットが立っている。天井からは、いくつものチューブが、自分の身体に伸びている。 かなり高度な医療設備のようだ。だが、あまり馴染みのあるタイプではなく、どこか違うような気がする。なんとなく違うのだ。 「ここはどこだ?」 モートは目を細めながら、こちらを見つめている白いロボットを見つめ返した。 「ここは宇宙船レインボーブルーの治療室です。あなたは保護されたのです」 「どうなってる?」 「しばらくは動けません。危険な状態です」 「そうなのか、もう、すっかり治ったような気分だが……」 モートは起きあがろうとして、身をよじったが思うように身体が動かなかった。 「あなたは、このベッドから出ることはできません。ゆるやかに縛られていると思ってください」 「なんだと?」 「きつく縛るのは怪我人に対して、酷というものです」 「なぜ縛る必要がある?」 「わたしのユーモアは通じませんか?」 モートは口を開けたまま、しばらく硬直した。舌がしびれてしまったような気分だった。ユーモアのあるロボットなど聞いたことがない。 「このシステムはどこで作られたのだ?」 「システムとは何を指してのことです?」 「おまえのことだ。おまえはどこで作られたのだ?」 「わたしはフィロソリスで生まれました。最新のメディカル知識を持っています。不安がらないでください。安静にしていれば、あなたは大丈夫ですよ」 「フィロソリスだと! ここはどこなんだ? ヒロンBじゃないのか?」 「ヒロンBです。が、わたしは先程、ここが宇宙船のレインボーブルーの治療室だと、あなたに伝えたはずです」 突然、天井から声が響いてきた。中性的な声だった。 「客人よ」 モートは辺りに目を走らせた。 「なんだ?」と医療ロボットに問いかける。 「ブルーです。この船の頭脳であり、この船全体でもあります。ちなみに、わたしはドックと呼ばれています。ドッグじゃありませんから、よくよく注意してください」 モートは大きく深呼吸をして、ベッドに深く身を沈めた。思いがけない方向から疲れが押し寄せてくる感じがした。 「客人よ。わたしの名はブルー。この船である」 天井全体から下りてくるような声。モートはもう辺りを見回さなかった。 「船がしゃべるとはね……。とにかく、助けてくれたことに礼を言いたい。あのままでは、おれは死んでいた」 「この船のクルーたちが偶然見つけたのだ。少なからずタイミングがよかった」 「テリートーだ。知っているだろう? やつを捕らえねばならない」 「わたしは、あなたをスキャンした。だから、あなたが話そうと思うことは、もうすでにわかっている。ただ、心の奥底まではわからない。あなたが秘密にしておきたいようなことまではスキャンしなかった」 「おれの心の中が見られるのか?」 「状況によってだが、ある程度までなら簡単にスキャンできる」 「そうか……。あまり気持ちのいいものではないが、見ず知らずの人間を船に入れるのは危険だからな」 「あなたがテリートーである可能性もあった。最初、クルーたちはそう思ったのだ」 「ははは。おれがテリートーとはね。IDカードを持っていたはずだが」 「それが偽ではないと証明するものがない。このような惑星は治安が悪い。あなたもよく知っているはずだ」 「ああ、おれはトラベラーだから、よくわかっているよ」 「モート、あなたは金に困り、賞金首を追っている」 「そこまでスキャンされているのか」 「特に隠しておきたいことでもないはずだ?」 「ああ、隠しちゃいない。賞金稼ぎはあまりやらないんだ。やるとすれば、今みたいに金に困ったときだけさ。ただ、今回は相手が悪かった……」 「わたしは、あなたに頼みたいことがあるのだ、モート・スランよ」ブルーは突然切り出した。「聞いてみる気はあるか?」 |
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