アクエリアスの猫 連載小説



宇宙船レインボーブルー



 6.農場での出来事

 宇宙船レインボーブルーは、惑星ヒロンBの上空に移動した。透明装置の故障で姿を隠すことはできないが、次元の断層に中途半端に留まっているよりは良好な状態になった。
 コックピットのすぐ後ろにあるクルー室には、フィナ、エコウル、タナオ、そしてギミドがいた。壁一面がモニターになり、ヒロンB管理局の緊急放送が映しだされている。
 言わずもがなのテリートーだった。かれはタナオの農場に隠れていた。農場の中心に位置するコントロールルームは現在、ヒロンBの警備組織によって包囲されているが、あちこちから賞金稼ぎがやっていていることもあり、一触即発の緊張感がみなぎっている。
 なぜ、テリートーは農場に立てこもっているのか、目的はなんなのか。誰にとっても謎だった。そして、惑星ヒロンBの住民たちにとっては迷惑な話だった。ことの成り行きによっては、惑星の評判がさらに悪くなってしまう。極悪人の逃亡先のような印象を持たれては、たまったものではない。
 半分、放心状態、ぼんやりした様子のタナオが、ぽつりと言った。
「ああ、たいへんなことになってるなぁ」
 最初に自分の農場がこんな状況になっていると知ったときの慌てぶりは影を潜めていた。今はただ状況の変化を見つめている。
 ギミドは複雑な思いで、そんなタナオの様子を見つめていた。かれは農場に対する友人の思い入れが、どんなに深いものであるかを改めて理解していた。
「タナオ、こんなことを言っていいのか、どうか……」
 ギミドは口ごもりながらも続けた。
「おまえ、運がよかったよ」
「え?」
 タナオが小さく声を上げた。
「なんで?」
 フィナ、そしてエコウルも、ギミドに対して冷めた波長を投げかける。かれは気負い立つように言った。
「だって、おまえ、農場にいたら、今頃、テリートーに殺されていたかもしれないんだぞ。そう考えてみると、今ここにこうしていられるのは命拾いしたってことじゃないのか?」
「ああ、そういうことね……」
 気のない返事のタナオ。そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、力なく答える。
「今、治療室にいる賞金稼ぎだって重傷を負ったわけだし、怖いことなったら、タナオは殺されていたかもしれない……」
「ぼくは農場を守るためなら、死ぬ覚悟はある」
「わかっているよ、タナオ。でも、死んだら元も子もない」
 ギミドは、タナオが農場の間近に行ってみたいと言い出さないでいてくれることに感謝した。もっとも行ったところで、現状もよく把握できず、ここでモニターを見ているより、もっと悪いことになりそうだ。それをタナオ自身もわかっているのだろう。だから、こうして画面を見つめている。ほんとうはいてもたってもいられないはずなのに……。
 突然、画面が慌ただしく揺れた。荒れる画像。そして、装甲車――ヒロンBの警備隊のものではない――が現れた。警備隊の制止命令を無視して農場に乗り込んでいく。賞金稼ぎのものだろう。金のためなら少々の法律くらいは無視してしまう連中――ヒロンB程度の惑星の管理局命令など、右から左に聞き流してしまう。
 農場の中央に位置する小屋にはテリートーが立てこもっている。下手に近づけば大惨事になることはわかっている。
 装甲車は止まらない。農場の作物を轢きつぶしながら速度を上げていく。テリートーのいる小屋に体当たりするつもりのようだ。
 対戦車砲だろうか? 幾筋もの煙の矢が、小屋から飛び出して、装甲車に向かっていく。
あっ!と思う瞬間。誰もがそう思うであろう瞬間。
 爆発。煙に包まれて装甲車はすすむ。小屋は白い光に包まれた。
 画面全体が白い輝きに満ちあふれ、スクリーンを見つめていた四人は、まぶしさに目を閉じずにはいられなかった。そして、すぐに凄まじい爆音が響き渡る。
 スクリーンは突然、光を失って黒い闇となる。そして四人は無言で、ただ見つめていた。誰も声を出さなかった。沈黙と黒くなったスクリーンが重々しく、その存在感を主張しているようでもあった。
 しばらくのち、画面が元の明るさをとりもどした。火の海が映し出される。それはあまりにも凄まじい炎であり、もうそれしか見えないというようだった。黒い煙、もやもやと揺れる大気の向こうに広がる火の海。装甲車もなければ、小屋もない。
 突然、画面が消えた。カメラまでもが燃えてしまったのかもしれない。誰もがそう思った。農場は、テリートーは、装甲車は、回りを取り囲んでいた警備隊は……。
 硬直しているタナオの姿が、ギミドの目に痛い。かれはなんと言ったらいいのか、わからなかった。



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